Our Story学園の歴史

渡辺学園の創設は戦前にさかのぼる。
渡辺よねは、小学校の教師をしていたが、37歳の時、結核で夫をなくし、嫁ぎ先から長良に戻ってきた。
よねは、小学校教師をしながらも「教育の始まりは小学校からでは遅すぎる、幼児期こそ人格形成においてもっとも大切である」という信念を持っており、その思いを形にするべく昭和9年、現在ながら幼稚園がある稲葉郡長良村に「長良幼児園」を開設した。

当時、周りは一面桑畑だったという。

当時の日本にはそもそも就学前の幼児を教育施設に出すという考え方そのものがなかった。
さらにお金を出してまで幼児に教育を与えるという家庭も少なく、幼児園と言っても実際はお金を得て成り立つものではなかったという。
近所の親は、自分の畑でとれた農作物などを授業料がわりに寄進していた。

のちに2代目の園長となる青山馨は、長良幼児園開設当時、師範学校の専攻科に在籍しており、心理学の教師に連れられて見学に来ていた。
当時、フレーベルなどの幼児教育理論が伝わってきていたが、実際に幼児教育とはどんなものなのかを知るものは殆どおらず、長良幼児園はその貴重なモデル園であった。

渡辺よねの弟、直吉には、7人の子どもがおり、繊維業を営んでいたが、事業に失敗し、借金を抱えることとなった。よねは、幼児園の土地の大半を売り払いその借金の返済にあてた。
子どものいないよねには、幼児園の後継者がおらず、海老名家の次男で、高校の教師をしていた寿男が養子に入ることとなり、海老名寿男は渡辺寿男となった。
その後、戦後のベビーブームの中で幼稚園に通う子どもが増え、忙しくなったが、当時のながら幼児園には、人を雇えるほどのゆとりがなかった為、海老名家の娘たちや、嫁などが総出で園の手伝いをしていた。
寿男の母、海老名花は、生涯を園の給食の調理員として尽くした。

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昭和47年、法律の改正により、個人立の幼稚園から、学校法人となり、渡辺学園が誕生した。
同時に寿男は岐阜市岩井に「ながら第二幼稚園」を開園する。

ながら第二幼稚園は、多くの子どもが生まれる時代背景の中、園児数を増やし、ある時期は400名以上の園児が通っていた。
しかし、昭和の終わりの時期になると過疎地域である岩井地区の人口は伸び悩み、子どもの数も緩やかに減っていった。更に、昭和40年代以降、人口増加とあいまって近隣地域にも幼稚園の数が増えていたため、園児の獲得競争が激しくなっていった。

時代は平成に入り、寿男の長男でドイツに留学をしていた寿之が日本へ戻ることになった。
寿之はドイツの大学を卒業後、金融機関での就職が決まっていたが、帰国したタイミングで、祖母である海老名花が亡くなったことをきっかけに、思いを新たにし、寿男の跡を継ぐべく副園長に就任した。

寿之は、過疎地域である岩井で園児を獲得するには、他の園にはない教育の特色を持たねばならないと考え、自らの留学経験を生かし、国際理解教育を柱とした特色作りを進めた。具体的には外国人教師を採用し、日本人とのチーム保育形式で教育を行うことにした。
2002年、園長に就任したタイミングで、園名をながら第二幼稚園から「サニーサイドインターナショナル幼稚園」に変更した。
英語教育に対する需要もあり、クラス数は一気に12クラスまで増えた。

そのような中であったが、寿之自身は、採用する外国人の質が必ずしも高いレベルを維持出来ないことや、日本人と外国人とのチーム保育を進めるにあたり、コアカリキュラムとなる理論の構築が出来ていないことを不安に感じていた。
2012年、寿之は新しい教育モデルを探して、3週間かけて海外の学校を訪問し、その中でいくつかのIBスクールとの出会いがあった。IBの提唱する理念と、そこに働く高いプロ意識の教師たちに感銘を受け、自らもIBスクールコミュニティの一員となり、「教師が教える教育ではなく、子どもが自ら学ぶ教育」へ教育のあり方を変えていきたいと思うようになった。

当時、日本におけるIBの初等教育プログラムはいわゆる「インターナショナルスクール」という主に外国人を対象にした教育機関でしか導入例がなかった。
さらに初等教育プログラムは3歳〜12歳までの一貫教育プログラムとされている所、サニーサイドは幼稚園でしかないため、多くの人がその実現性とその意義について否定的であった。
実際、候補校になるための申請を行うにあたり、保護者説明会を行った際には、殆どが反対意見で、翌年の園児募集は例年の半分になってしまった。
経営状態は急激に悪化したが、寿之は教員の研修や視察にあるだけのものをつぎ込んでいった。減っていく園児や、途中退職する職員など、険しい道のりではあったが、2013年の候補校申請から、日本第一号の認定校になる2016まで、ほぼ3年を費やし、IBワールドスクールの一員となった。
2016年の4月からは幼稚園に加え、8名で小学部を開設した。

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3年経った現在、約50名の児童が在籍している。
園名もサニーサイドインターナショナル幼稚園からサニーサイドインターナショナルスクールと再度変更した。
サニーサイドのIB初等教育プログラム認定後、国内各地で候補校、認定校が生まれている。寿之は2018年、世界5000校のIBスクールを代表する12名の学長の一人としてIB Heads Councilへ指名を受け、現在はサニーサイドインターナショナルスクール代表としてのみならず、IB機構を支える立場で「教育を通してより良い世界を実現する」IBミッションの為に奔走している。

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